〇〇次第で自分を責めてきた私が、気づいた『わたしファースト』という生き方

ー誰かの人生を背負わなくても、私は生きていいー

今日は、ずっと心にあったテーマを書いてみます。

「子どもは母親次第」
「組織はマネージャー次第」


とよく言われます。

私はこの言葉を、ずっと正しいと思ってきました。

そして同時に、自分を責める言葉にもしていました。



子どもが学校に行かない時、癇癪を起こす時、

「母親次第って言うし、私がダメな母親なんだ。もっと努力しなきゃ。でもまた怒ってしまった。。」
と思っていました。

部下が仕事にやりがいを感じていない時、
エンゲージメントが低い時、

「マネージャー次第と言うし、私が尊敬されない存在だからダメなんだ。
もっと努力しなくちゃ」

と思っていました。

何か問題が起きる度に、
原因は全部自分。

「〇〇次第」という言葉は、私の存在そのものの問題で、
だから私はダメなんだ、
もっと頑張らなくちゃ、

そう思っていました。

今思えば、私は「影響を与えること」と「人生を背負うこと」を
同じものにしていました。

母親として、マネージャーとして、影響は確かにある。

でも、子どもの人生も、部下の人生も、私の人生ではありません。

頭の中では、わかっていました。

それでも、
「子どものため」
「部下のため」
そう言いながら、

本当はもう限界を超えているのに、自分が変わらなきゃと、走り続けてきた気がします。

でも、カウンセリングを学び、マインドハグで自分の感情を全て受けとめ、大切に扱えるようになった今、
「私が全部背負わなくても、この子は、この人は、生きていくんじゃないか」
と思えるようになりました。

私ができるのは、変えることではなく、関わること。

操作することではなく、影響すること。

「〇〇次第」という言葉は、誰かをコントロールできる、という意味ではなく、“関係の中の一部分”
という意味だったんだと思います。

私は、自分の小説の一部ではなく、何千ページもある他人の小説のたった一文にスポットを当てて、それで自分を苦しめていました。


「子どもは母親次第」
「組織はマネージャー次第」

その言葉で、自分を苦しめなくてもいい。

あなたは、もう十分に頑張っています。

あなたは、
誰かの人生のために
生きているわけじゃない。

自分の人生のために
生きている。

何千ページもある
あなたの小説の中に、
自分のやりたいことを
綴るために生きている。

誰かの小説の
たった一文に、
惑わされなくていいんです。



私はこれを「わたしファースト」と呼んでいます。

誰かのために頑張る前に、
まず自分の心を守ること。
自分を犠牲にしないこと。

それは、
わがままではなく、
長く人と関わるために
必要な土台だと思っています。

「わたしファースト」の生き方一緒にはじめてみませんか。